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(コラム)私の見た中国

2002年12月5日 吉田 稔

 

中国との出会い

暗い寒い夜であった。 まだ11月だというのに肌を刺す冷たい夜風に吹かれながら大連周水子国際空港に友人と共に降り立った。 果てしなく広がる夜空、周りには何も見えない、その空港の遠く片隅に見える小さな灯火、あれが空港事務所と教えられて人々はとぼとぼと歩き出した。 中華航空の乗客である。 誰も彼も口数少なく全身が凍りそうな思いであった。 これが私の中国訪問の第一歩である。 ようやくたどりついた空港事務所も人影はまだらでトタン屋根のバラックの様な印象であった。

私の友人は大連の生活が長く、中国に多くの知人や友人を持ち、日本よりもむしろ中国や外国の経験の深い方で、私を誘って大連を訪問し、中国との交流のきっかけを作ってくれた。 あれから早いもので10年にもなる。 私の現役時代は国内での仕事が殆どで外国とのビジネス経験は皆無に近い状況にあった。 中国訪問を前にして私の周囲の人は口々に異議を唱え、疑問を投げかけて来た。 今更中国との取り引きでもあるまいというし、又中国との接触の中で苦い経験や良くない印象の持ち主が意外と多く、色々な注意を受けた。 自然私の訪問はビジネス上注意深くなるし、相手側の周辺がある程度良く飲み込めるまでは慎重に動きたいと内心考えていた。 それが何時の間にか中国独特の乾杯乾杯の渦に巻き込まれたのかは我ながらはっきりしないが、私の手足となって働いてくれている中国人達との一体感が私の心を引き付け 相互の連帯意識がフアミリーの様に形成されて強い絆となってしまっている。 今更後には引けない。お互いの信頼を軸に最善の努力をしている所である。

現在の私の中国との業務は日本側ユーザーと中国工場との海外資材調達の仲介である。 普通の輸入貿易では数多くの既存商社には到底敵わないので、せっかく大学で機械工学を勉強させて頂いたのでこの分野の取り扱いに重点を置き、多少なりとも付加価値を付けて取り引きが円滑に進む様につなぎ役をさせていただいているに過ぎない。 キャッチフレーズは「日中間の技術の架け橋と相互発展」であり、日本のお客様に対しては設計や購買業務の手伝いもし、中国工場に対しては技術指導や品質管理のアドバイスもしている。 一寸した工夫で品質は格段によくなった事例が多々ある。 切削工具を日本から支給したら見事に奇麗に仕上がったとか、図面を少し変えただけで製品が安定したとか、とにもかくにも日本に通用する製品を安く供給するのが我々の目標である。 毎日毎日を中国とのFAXやEメールでやり取りし、お互いに切磋琢磨して最良の途を見つけ出そうとしている。

中国は多技多彩な国柄であるし、これから記してある事は私の極めて狭い分野での体験を元にしたもので群盲象をなでる一員である事を予めお許し願い、主として大連地区を中心とした中国の現況、課題、更に今後の日本の対応等について私見を述べてみる。

旅順の風景

地図:旅順・大連の位置

我々の年代で大連といえば100年前に勃発した日露戦争がまだ記憶に残っている。 当時の激戦地旅順の203高地は大連から更に西南に車で約1時間、途中に水師営の集落があり、見渡す限りの丘陵がうねうねと連なる起伏の多い地形で、旅順港はその遼東半島の先端部に位置する。 さすが道路は良く整備されていて、片側3車線の道路が黄海側、渤海側、山間部の3本で結ばれている。 道路の両側は近代化が進み、新しいビルや高層住宅、工場等が見受けられる。

203高地は今でも軍が管理していて、日本人と称すれば中に入る事は出来ない。入口の石碑には中国文で次の様な事が書かれている。 “ここは古来から中国の領土であるにも係わらず、外国である日露が各々その覇権を争う為に激戦を起こした”。

入口から203高地の頂上までは歩いて1時間も掛からずに登る事が出来る。 旧日本軍が攻め登ったであろう塹壕の小溝が何段にも残っていて悲しく見える。 頂上からは旅順軍港はまさに眼下に見ることが出来る。 しかも港の入口は岬で狭く遮られ天然の良港と思われるが後背地はすぐ山で商業港には向かない。 頂上の広場には旧日本軍が御台場から急遽移設して最後の攻撃をしたといわれる直径30cm、長さ約1.0mもあろうかと思われる巨大な弾丸が天高く記念碑の上にそびえている。 日本軍が苦しめられた露軍の機関銃は長さが約5.0mもあり、山頂から大連の方向に向かって緩やかに広がる山すそを見据え、絶好な位置に設置されていた事であろう。 近くの山頂の地下は厚さ1.0mもあるベトンで固められたトーチカを構築し、銃口は狭く、内部はダンスホールのように広かった。 中国はこの戦争のさなか、いずれの国に加担する事もなく、じっと成り行きを見守っていた。 中国人の本質として他と覇権を争わない気風があるのかなと考えて見た。

中国の現況

現在の中国はその途方もなく広い国土と大きな労働力、安い賃金等がうまく絡み合って活発に意欲に満ちた経済活動の最中にある。 この10年間で中国の海岸に近い大都市は大きな変化を遂げ、近代化への第一歩を踏み出した。 日本が受ける中国製品の影響は日常生活にまで浸透し、今や生まれてくる赤子の産着も中国製かも知れないし、生涯を閉じ安住の地の墓石も中国製の可能性がある。 衣類、食品、雑貨等は言うに及ばず機械、電気等の工業製品も日本に静かに流入してきている。

中国人は現在2008年に迎えるオリンピックに向けて猛烈な勢いで突き進んでいる。 2001年に加盟したWTOの影響も大きく、企業の合併、解散、統合等が急速に進んで、国をあげて合理化と近代化に取り組んでいる。
中国大手の国営企業は低能率と言われている部分も見受けられるし、確かに我々日本とはリズムの合わない点は多い。 国営企業の解体、小企業に分割、他企業との合弁、合作、合併等が 可成大胆に進められている。 大連起重機廠の鋳鍛部門と大連重型機器廠の鋳鍛分廠が昨年合併して大連大鍛鍛造有限公司として新発足したり、 瓦房店の瓦軸集団の一部が軸承装備製造有限公司として独立営業を始める等枚挙にいとまがない。 華僑の国営企業買収も盛んである。

夕陽産業と言うのもある。 種々検討したが過去の負債や事業の将来性から見て誰も手の出しようがない。 静かに夕日が西の空に沈むのを待つのが国として上策と考え内々でその方向が決められ、ドラスチックな倒産を回避しながら時が解決してくれるのを待っているグループである。 “彼らはある時期は一生懸命に働いた。が現在は回復の手段が見つからない。 倒産を避けて静かにしていればそれで良い。”という考え方の様である。

中小規模の企業は無数にある。地方都市政府との合弁で郷鎮企業と言われるものから独立私企業まで、千差万別で社会主義と資本主義を巧みに組み合わせている様に見える。 中小企業は徹底した営利主義で決定と対応のスピードが早い。 多くの場合、総経理を中心に2〜3名の幹部が全体を指揮し、従業員は数十名から100名前後位が一つの単位として活躍している。 会社が小さくても有能な技術者のいる所もあり、一概には言えないが外観や設備、製品等を見ただけでは会社全体の判断が付かない所に中国ビジネスの難しい所がある。

めざましい中国の発展も多くの場合、海岸線に近い大都市に集中している。 大連の場合も大連と沈陽を結ぶ沈大高速を車で1時間も走れば 二十哩保、三十哩保、金州、瓦房店、長興等の地方都市が散在し、大連市内とは大きく趣を異にする。 これらの地域は高粱畑が延々と続く農村地帯の集落を控え、技術を身につけた技術者達が安い労働力を駆使して中小規模の工場経営者として活躍している。 製品の価格は当然安いが工場の設備は古い工作機械等を使用している所が多く、NC旋盤やマシーニングセンター等はよほどの大手に行かないと見ることが出来ない高精度、大量生産を満足させるには十分な事前準備が必要である。 どの工場も一般に操業は低く、人材が整えば現生産量の数倍の生産余力はあるように見受けられる

鋳造

鋳物工場は盛んである。3T、5Tのキュポラを持ち、砂型は手ごめの人海戦術でこなしている。 ドイツから入れた設備で一貫連続生産している鋳物工場もある。 鋳鉄鋳物ダクタイル鋳鉄が得意でダクタイル等は日本では問題にする粒状黒鉛化率は60%〜70%であるが材料試験をすると強度も伸びもJIS 規格より相当上回っている。 全般にこの地区の鋼材は伸びが良く、薄板板金の深絞り等も上手く加工している。 近くの鞍山製鋼所の原料磁鉄鉱の品質が良いのと撫順炭坑の石炭が不純物が少ないため、良質な鋼材が得られるとの説明を聞いた事がある。

ロストワックス鋳造(精密鋳造)

ロストワックス工法による精密鋳造も盛んで、数グラムから数kg位までの製品が生産され、 材質も鋳鋼、ステンレス鋼、機械炭素鋼等により工場が分化されている。 技術的には 比較的安定し、ばらつきも少なく、部品生産には向いている。

鍛造

鍛造工場は大小様々で2,000T級の大型鍛造プレスを保有する工場もあれば数Kgのものを連続鍛造している工場もある。 工場の特徴、設備、技術、経験等を良く研究し、信頼関係を固めて掛からないと思うような製品は出来てこない。

代表的な工場

大連市内の重工業、機械関係の名門工場としては大連造船所、大連重型機器廠、大連起重機廠等をあげる事が出来る。

大連造船所は大連港の大桟橋に隣接した工場群が海岸線に沿って立ち並び、対岸には新鋭の大連造船新廠を控え、600Tのゴライアスクレーンが天高く聳え、市内からも遠望する事が出来る。 工場は造船のドックや船台、溶接工場をはじめ、機械工場、ヂーゼル工場、鋳造工場、鍛造工場等殆どの工場を備えていて、貨物船の建造に繁忙の様子であった。 船のプロペラ工場では直径8.0mもあろうかと思われる青銅鋳造のプロペラをこの工場の入口から出口まで8基も三次元機械加工で平行生産していた。 工程の終わりでは翼上にむらがり手仕上げで最終仕上げをしていた作業員が小さい小鳥のように見えた。 筆者がこの工場を訪ねたのは7〜8年前の事であるが、工場長の話ではこの工場の許容最大重量はプロペラ1基当たり45Tであるが大型船に備え60Tまで生産出来るように別工場を新設中との事であった。 外国船の建造が多いらしく、さすが豊かな営業マインドを持ち、我々日本からの小さな仕事でも丁重に対応してくれていた。
遼東半島の長興には系列の中規模造船所がある。

大連重型機器廠の工場は林立する工作機械の大きさに目を見張る思いがした。 プレナー、フライス盤、旋盤、ボール盤等の超大型機械がうなりをあげて稼動している。 国土が広く、製品の運搬にも道路制限や重量制限が無いとの説明であったが、加工中の製品の大きさを見て実感が湧いて来た。 以前はこの工場で日本向けの小さいマンホールの製作も気軽に引き受けてくれていたが当時国営の大組織の為か責任者の交替が良くあり、面食らった事がある。 親しくなると工場の幹部が製品毎にコストの安い傘下企業を紹介してくれ、紹介先も重型からの話ではと真剣に取り組んでくれた。

大連起重機廠は中国の建国をになう誇り高き技術集団である。 特殊鋼の熱処理のみを鋳鍛工場へ急遽依頼したことがあったが製品の結果は良好で人脈社会の良い面を見せられる思いがした。

中国人の気質と人材

中国人は上下の関係を好まない。常に水平か対等で仕事欲しさに自分を曲げ、相手に迎合する様な事はあまりない。 したがって利あらずと見れば簡単に方向を変える。組織よりも個人の力が強い様に思う。誰にも頼らない自負心と独立心は強く、大国人らしくどっしり構えていて人治国家と称して契約よりもその時の判断が優先することがある。 自らが自分を守るのは当然で、筋の通った論理である。自分のミスや経験不足で損失をだしても自らの負担で処理し、あきらめも早い。

膨大な人口を抱える中国ではあるが経験を積んだ技術者や管理者の数は極めて少ない。また独立心の強さは他を育成しない弱点も見受けられるので全体的な人材を育てながら仕事を進める配慮は必要になる。 100人位の会社でしっかりした技術者1〜2名いれば良い方で外観のみでは全体的な質は判断できない。 設備と人材の積が品質や競争力としての結果となるので表面の付き合いでは判らない場合が多い。

仕事を管理する思想はまだ一般の生産企業では一部を除いて定着していない。 毎回品質にばらつきが出るのもこれが原因でこちらも根気よく管理の徹底を図らないと良い製品は得られずに終わることになる。

指導的立場にある人々には実に立派な方が多い。70代、80代の高齢の人も立派に現役で働いておられるし、若い人材が活発に活躍しているのが目に留まる。 会社の総経理や行政の市長、副市長クラスには30代、40代の若手の優秀な人がいる。 この人達は海外留学等の経験によるものか見識が広く、アメリカ、ヨーロッパの国々等の世界中の話が話題として飛び交ってくる。 日本との話の中でも他の海外との比較論が多い。彼らは世界中の情報の中から最も良い情報を選択しそれを自分のものにしようとの習慣が身に付いて居るようである。 このような経過で中華思想が形成されて来たとすれば日本も十分に学ばねばならない。 議論は活発でナイーブで紳士的で、丁重な振る舞いで客をもてなす。この雰囲気の中で彼らは人材、友人を求めて行く

友人の友人は友人である。大都市の洪水の様な人の流れの中で信頼出来る友人無しでは生きていけない国情によるものかファミリー的な連帯感、結束力は強い。 人脈による目に見えない組織が決定的な瞬間にものをいい、大きな力を発揮する人脈社会、人脈国家である

これからの課題

日本と中国は古くからの多くの交流と歴史があり、お互いの良きパートナーとして更なる発展を遂げる為にはより多くの相互理解がその基盤になるのは当然である。 中国側にもこれからの多くの課題を抱えているが日本と噛み合わない面は日本側にも問題がある。

中国は多くの資源と人口を抱え、優秀な人材のリーダーの元に急速なる発展を遂げつつあるが問題は国土があまりにも広い事である。 産業が高度化すればするほど複雑なコンミュニケーションをこなし、その調整を図らねばならない。 すべての生産は規模が大きくなると市場や販売とのデリケートな調整が求められる。 この為の意見集約、調整、簡便な技術交流等は地域が広いので容易な事ではないと思われる。 優秀な技術者も国土面積当たりで考えると希薄にならざるを得ない。 元々社会主義の国で自由競争やセールスマインドの基礎も少ないので技術者の不足、人材の不足を常に考えておかねばならない。 国土の広さが地域の格差を生じ、発展の負担になっているように見受けられ、この調整と克服がこれからの課題と思われる。

流通機構の整備もこれからの課題である。国営企業の中でネジ1本に至るまで生産することはコストの上で無理がある。 どうしても部品は外部からの調達に頼る事になるが日本の様に即納できるものは少ない。 工事の納期がしばしば遅れることがあるのもこのような外部原因による事が多い。 鋼材等もサイズ・規格により量がある程度まとまらないと広い国土の中を輸送する手段・契約・支払い等、面倒な問題が残り、労多くして功少なく資材調達の苦労は大きい。

他の都市への出張に多くの時間がかかる。300km〜500km位車で走る事は良くある。 交通機関も良く整備されているとは限らない。自分の意志ではどうにもならない事であり、人間の考えるテンポも自然ゆったりとなる。現在日本が求められている スピード社会とはなじまない面が出てくる

生産工場における製品の品質管理は作業員一人一人にまで品質管理を浸透させる根気のいる仕事である。 中国では特に習慣や技術習得の違いにより多くの時間がかかるがあきらめてはならない。 求めている品質が得られない場合、良く現場との対話が必要である。 必ずその原因があり、それを相互に話合わないと解決しないし、作業員の不慣れ、不注意は良く指導するのは当然である。 機械加工の部品等は工作機械の精度や切削工具等により求める品質が得られない場合があり、また工作方法の違いで品質の悪い場合も出る。 日本の求める品質を無理なく達成出来る工場はむしろまれで彼らとの一体感の中から作業の改善と品質の追求をし、成功に導く手法を取るべきである。 工作治工具の提案、検査治具の貸与等をして、日本では極めて普通の事でも落ちている事が品質不揃いの原因となっていて、日中双方が協力しての対策発見をするようになるのが望ましい。 このための技術論争はむしろ活発に行うべきでこれにより両者の理解は更に深くなる。

コストの管理もまだ十分に進んでいるとは思えない節がある。 原価の構成も工場の地域、設備、操業度等により大きな差がある。 原価の実態も良く把握されていないので最初は安く契約し、後から値増しを要求される様な事も作為的でなく、止むを得ない事情もあることなので十分な協議が必要になる。

むすび

中国は現在世界の生産基地といわれるまでに活発な生産活動が行われている。広大な国土、多くの資源、安く豊富な労働力を背景に、今後中国は大きな成長を遂げるに違いはない。 中国が保持しているポテンシャルはどの一つをとっても日本から見れば脅威と魅力の混在している事項で、中国との良好な関係構築なしで我々日本の発展を考える事は難しい情勢にある。

反面日本は現在出口の見つからない不況の中で産業の空洞化と価格破壊が進行している。 このような動きを脱却する事が日本の最大の課題であるが今や何人も止める事の出来ない流れが現実であり、製品の市場価格も今後下がる事があっても上がる事はありえないと覚悟を決めざるを得ない。 しかし、日本には過去に積み重ねられた技術や研究の土台があり、組織力と勤勉さは他国に誇るものを持っている。 これらを基礎として中国の力を生かした強力なパートナーシップの構築が日本企業の生きる選択肢の一つのように思われる。 幸いにして当社は人脈に恵まれ、それを育てる事により日本で困難といわれている中国ビジネスを克服して来た。 日中相互に力を出し合えばこれらの基盤は更に強力な展開が期待出来、そのためには国情、歴史、文化等を含めた相互理解と相互の一体感が事業の原点であると認識し、日中相互の発展に微力ながら今後も活躍を続けたいと願っている。

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